2020/11/13

7月から休載をしていたのは、目の手術のためなのですが、ここまで長い間マンガを描くことから離れていたのは、自分がどのように自分の作品と向き合ったらいいかわからなくなってしまったからです。

私は16年ほどマンガ家をやってきて、これまでオリジナル・コミカライズ問わず数々のジャンルで作品を描いてきました。
そこで「このジャンルで生きたい」というこだわりを持たなかったことが今、悩んでいる原因に繋がったのだと思います。

自分のマンガに愛着を持ってはおりますが、どれか一つの作品で「この人はこういう作家だ」と決めつけられるのがとても苦手です。
読者さんやファンの方が私をどのような作家として見るのかは全く構わないですし、私はそれに対して作品で訴えることができます。
しかし、編集さんに決めつけられるというのは、たいへん、つらいです。

「フードコートで、また明日。」がTwitterでバズったとき、20人近くの編集さん、ほぼ全ての出版社の方がうちで描きませんかと連絡をくださいました。
今でも、フードコートを読んだので声をかけましたという編集さんがメールをくださいます。
それはとても幸せなことですし、ありがたいと思うのですがその反面、私のこれまでの作品を読んだわけでもフードコート以外の作品の話をしてくださるわけでもなく、ただ、フードコートみたいなマンガがうちに欲しい、というような話が見えてくるお誘いで、辟易してしまいました。

フードコート自体、数年前からいろんな編集さんに見てもらいましたが、なにが面白いのかわからない、連載は難しいと言われ続けた作品です。
和田も山本も、私にとっては愛すべき子なのですが、そういう経緯もあって、半ば意地で描いた作品でもあります。
「好きだから描く」ということではなく「いつか見てろよ」という闘志だけで描きました。
ですから、そこだけを称賛されても、その手のひら返しをどう受け止めたらいいかわからなかったのです。つまり、嬉しくなかったのです。

私の作品はフードコートだけじゃない、もっと心の底から描きたいものがある、それならば作品で見せていくしかないと「フルーツオブライフ」を描き上げました。
子供の頃から憧れて、大好きなアメリカを舞台にしつつ、日本人が読んで共感できるような目線の、可愛くて優しい話を、ずっと形にしたかったんです。
背景も人物も台詞選びも時間をかけ、アシスタントの力も借りず、私の今のベストを尽くしました。
しかしお恥ずかしいことに、それにはまったく、もうまったく、反応をいただけませんでした。

追い討ちをかけるように読者さんからは「こんなの描いてる暇があったらフードコートを早く描いて」とメッセージをいただくこともあり、Twitterを見られなくなり、大事な自分の作品であるはずのフードコートも、少し言い方はきついですが、憎らしさに近いような、どう向き合ったら、愛でたらいいのかわからず、距離を置くこととなったのです。

フードコートは、あんなに欲しがる編集さんがいたのに、私の「好き」を詰め込んだフルーツオブライフは誰も欲しがらない、気にもされない。そんな差に私は身勝手なショックを引きずり続けました。

どの作品がどんな評価を受けるかは私がコントロールできるものではないですし、どんな評価も良いものであれば有難く受け止めて励みにするものとわかってはいるのですが、自分の思考がわがままだと理解していても、今後も私は自分の好きなものも認めてもらえないまま「あなたはこういうものを描く人」と思い込まれてインスタント的なマンガばかり求められるのかと思うと自分のマンガってなに?好きってなに?と深く深く考えすぎて熱意をなくしていってしまいました。
それがとても贅沢な悩みだということは、百も承知です。

しかし、なんの意欲も湧かず、寝込んだりマンガ以外のことに没頭し続け、ある日、ようやくメンタルクリニックに通ったところ、いよいよ鬱の薬を出されてしまい、驚きました。
いや、そんな重症じゃないぞ、このままではいけないと気持ちを切り替え、生活スタイルを少しずつ変えて、今、やっと仕事の原稿に手をつけ始めたところです。

私は自分の作品を大事にするため、楽しくマンガを描くため、そして何より、なにが好きかという気持ちを失わないために、できる限り自分の評価を耳にしないように、そしてお褒めの言葉には、流されすぎないようにします。

今まで描いてきた作品も、コミカライズも、これから描くものも全部大事にしたいので、山籠りでもする気持ちで、静かに誠実に、自分の作品とだけ向き合う期間を、あともう少しいただくことにします。

読者の皆さま、いつも応援ありがとうございます。
ファンレターもありがたく読ませて頂いております。
これからもいろんなジャンルの作品を描いていくとは思いますが、全部を好きになってくれとは言わないので、気に入ったものがあったら、ぜひ読んでやってください。

【追記】
たくさんの励ましのお言葉、特に同じマンガ家さんや作家さん、イラストレーターさんから同じことで悩んでいますと数々のメッセージをいただきました。
同時に、この文章の表面的な部分だけを意訳して誤解なさっている方からは批判的なご意見も頂いておりますので、それについて少しだけ追記させてください。

私がなぜこのような言葉を残したかというと、この問題を誰かに相談したいわけでも分析してもらいたいわけでも、編集さんを批判したいわけでもなく、ただ、休んでいた理由がこういうことですとお知らせしたかっただけです。
なので、この問題については自分の中で解決に向かっているので、どうか心配なさらないで下さい。

「好きに描くことと商業とは違う」「自分の好きなものを受け入れてもらえないと嘆いているなんてプロと言えないのでは」「たかだか1話載せたくらいで編集が声かけてくれないと言ってるなんて何様?」と厳しいお言葉もいただきました。
言い訳にはなりますが、私はデビューしてからこれまで、担当さんと一緒に作品を作ってきました。単行本も20冊近く出させていただき、商業誌の中で仕事をしていく上で、押し通したいことを曲げて向こうの言いなりになることもあったし、逆に私の意見を通して頂いたこともたくさんありました。なので、フードコートとフルーツオブライフの結果だけで、ましてやTwitterの反応だけでこの話をしているのではありません。
売れるものを作る。それは仕事として当たり前のことなのですが、ここでそろそろ1度くらい自分の思うように描いてみたらどうだろうと思ったのです。
それが需要に合ったらいいな、もっと楽しく思い切りマンガが描けるだろうな、そんな期待もあったのですが、それが全く箸にも棒にもかからなかったことが、ショックだったという話です。

なぜ「好き」に拘っているか。編集さんはよく言います。
「あなたの好きなものを描いてください、好きだという気持ちは必ず読者に伝わりますから!」
そして好きなものを描いて持っていくと「え?これが本当に好きなんですか…?」「これじゃあ売れないですね」「ここを変えましょう、主人公も今売れてる●●(既存の他作品)みたいなキャラにしましょう」と、最初とは違うことを言ってきます。

それならはっきりと「あなたの好みは知りませんが、売れると思うものを描いてきてください。私たちはそれ以外いりませんし、あなたが好きに描きたいのなら同人誌でどうぞ」と言われてしまった方が、清々しいです。
そういう編集さんの方がある意味で信頼できます。

私がこの文章を残したのは、商業としての作品と自分の好みの作品を自分の中で優劣つけぬよう、どちらも「好き」になる決心を致しましたということを伝えたかったのです。
ただ、すぐにできることではないですし、作品に対する他人の評価で自分のマンガを憎たらしく思ったり可哀想だと同情したりしたくない、静かに一人で向き合って、何が好きだったのかを再確認する時間が欲しいということをお伝えしたつもりでした。

趣味と商業の違いについて議論したいわけではありません。
それにきっとこの悩みは、決して偉そうに言うわけではありませんが、創作者にしかわからないデリケートなものなのだと思います。言葉にすることもなく、黙々と原稿に向かっている作家さんがほとんどです。

同じ悩みを持った作家さんたちが、自分の作品を心から愛し、周りの評価や需要と折り合いをつけながら、それらを味方につけるくらいの大らかな気持ちで、楽しく創作活動に夢中になれますように。
そしてその熱意がまっすぐに、誠実に、読み手へと伝わりますように。